南房総(房総半島南部)を舞台にした小説、エッセイ、紀行文などを紹介していきたいと思います。 また舞台が南房総でなくとも、作者が南房総出身者の作品もぜひご紹介したいと思います。  

主人公の朝子は館山・北条海岸近くの老舗旅館の娘・・・なのですが、物語がはじまって早々に家出同然で東京へ出てしまうため、舞台は房総から離れてしまいます。著者の山口氏も、とくに房総の出身という訳でもなさそうで残念(?)ですが、主人公、朝子の大らかでのんき(で、軽はずみ)な気質がなんとなく南房総的な感じがし、また読後とても気持ちがよくなった小説だったので「房総本」とさせていただきました。

この物語は「元祖食堂のおばちゃん作家、母を描く。」(By 実業之日本社Webサイト、内容紹介のタイトル)ということで、著者の実母がモデルとなっています。

時代は昭和30年代、ちょうど映画「ALWAYS 三丁目の夕日」とぴったり重なります。当時の東京の下町の町工場が主な舞台で、そこも似ています。

すいすいと軽快に、主人公朝子の明るくたくましい心根にひっぱられるようにページが進みます。娘である著者自身も作中に登場します。実母をモデルにした小説中に著者である自分自身を登場させるとなかなか書きようが難しいような気がしますが、とてもいい感じで描かれていると思いました。特に最後のほうで、書いた小説が賞をとったとき「とったー」と繰り返しながら上半身裸で下に黒のストッキングだけはいてばたばた階段を駆け下りてくるというくだりが気に入りました。

読後、脳内がすっきりして、ごく自然に気持ちが上向きになりました。

良い小説でした。

著者の山口氏はその経歴がなかなか絵になる人です。

大学を卒業後就職した会社が3年で倒産し、その後ずっと会社員や派遣労働で働きつづけながらシナリオ作りを学んでドラマのプロットを作成する仕事をし、40代半ばで丸の内新聞事業協同組合の社員食堂に就職。働きながら書き続け、シナリオ書きから作家へ転向。2013年『月下上海』で松本清張賞を受賞。今やすっかり売れっ子作家になっています。

こうした著者の姿は、読書を楽しみとする人にとっては希望となります。読書好きの人の多くは「いつかは自分も小説を書いてみたい」という思いを胸に秘めており、早熟の天才よりも遅咲きのプロのほうに自分を同化しやすいでしょうから。

遅咲きの売れっ子といえば沼田まほかる氏もそうで、私もファンです。新刊が出ると我慢できずに入手します。

山口恵似子さんの本も全作読むことになると思いますが、ぜひ房総を舞台にした小説もお願いしたいところです。

おすすめ度 ☆☆☆☆

房総に行きたくなる度 ☆☆

(記:2015年11月11日)